向田邦子×久世光彦

脚本家・向田邦子と演出家・久世光彦
昭和を代表する数々の名作ドラマを世に送り出したこの二人は、
私の中で永遠に輝き続ける黄金の組み合わせだ。


向田邦子が描く女の艶は、男の身勝手に耐えているように見せて実は
たのしんで憧れて、愛しい姿として飲み込んでしまう深い洞窟の嘆きだ。
それは、作者の女の領域ではなく、男の部分が押し出された
不幸で滑稽なドラマなのかもしれない。 


恋に破れた女はヒロインではなく、英雄《ヒーロー》なのだ。


それでも怒りの感情をおもてに出せず悲しみに変換してしまうやりきれなさを
酌んでは派手に爆発させたのが久世光彦だ。
憎んでも恨んでも後腐れなく蹴りをつけるすがすがしさ。




ずっと前に向田邦子原作の「思い出トランプ」という田中裕子と小林薫出演のドラマを観た。
これは向田がこの世を去ってから久世が手がけた作品のひとつ。
切なくてくるしいけど、おかしくてウっと笑って涙が出ちゃう
そんな素晴らしい大作だった。


それから小説を読んでたまげた!
「思い出トランプ」は短篇集だったのだ。
久世はその一篇一篇の滴るような糸をたぐり寄せ、ひとつの濃厚な大作に仕上げていたのだ。
しかも短篇だけじゃなくエッセイの一遍をも絶妙に織り交ぜている。
監督としての原作への愛情にただただ感動した。




久世光彦 著「触れもせで〜向田邦子との二十年〜」を読み、
戦友として一線を走ってきたプロフェッショナルな二人の勇ましくて愉快なエピソードに涙ぐんだ。
こんなに興味深く読書をしたのは久しぶり。
この人の文章もまた素晴らしい!
テレビの世界から出た作家同士のライバル意識を感じずにはいられない。


で、寺内貫太郎一家を全巻観てしまった・・・
名物の朝ごはんシーンがどうしても観たくて。


ここで注目すべきはキャスティングへのこだわり。
白髪のおばあちゃん役は樹木希林。その頃彼女はまだ30代だというから驚き。
ギャグ満載の渾身の(?)演技にカメラの横で思わず吹き出す久世の顔が浮かぶ。
役者が生き生きとして、今にもブラウン管から飛び出してきそうな勢いだ。


ところが実はプライベートはそれぞれ大変な時期で
加藤治子は離婚、浅田美代子樹木希林も結婚生活はごたごた、
小林亜星はなんと不倫していたそうだ。


「内でそういうときだからこそ、外ではのびのびと演じることができた」と、

久世光彦追悼イベントで小林亜星浅田美代子が笑って語っている。(DVD特典映像より)

ユーモアを忘れなかった故人へのお別れの言葉はきっと笑い話が絶えないのもの。
時間を経たこともあるが、こういうことを語れるのはその時代を鮮やかに生きたという喜びの証であろう。




いま観たいのは「春が来た」。
どなたか持ってませんか!
桃井かおり三國連太郎松田優作杉田かおるという
ちょっと気になるクセ者ばかりが出演しているドラマだ。


これは夏目漱石の「虞美人草」をどうしてもやりたいと言ってきかなかった向田の家に、
久世は松田優作桃井かおりを連れて行って打ち合わせをするつもりが
結局は幻想を朝まで語って終わってしまった。
その直後、向田が飛行機事故で死んで追悼ドラマとして同じキャスティングで作ったのが「春が来た」だった。


夏目漱石を読んでみたら(掘り下げすぎ?でもこの連鎖がたまらん!)小説としてはかなりおもしろかったけど、
確かにこれをドラマにするのは至難の業であったことと思う。


「紫が埃及(エジプト)の日で焦げると、冷たい短刀が光ます」って!


そこをわがまま通したいのが向田で、それを理解したいのが久世という関係だろう。


二人は、“引火した石油井戸とそれを消火できる唯一のダイナマイト”だった。


去年、久世光彦が死んだ。


二人は天国で再会して人生の打ち上げをしているだろうか。


きっとずっと触れもせずに。